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Interview

「Sell体験の向上はメルカリの要」アイテムクーポンPJの半年を振り返る

現在、メルカリを利用するユーザー数(※MAU)は2260万人となり、日々、様々な商品が売買されています。しかし、メルカリ内では、なかなか買い手がつきづらい商品も一定数存在していました。そこで、Uplift Modeling(アップリフト・モデリング)によって、適切なアイテムとお客さまを算出し、アイテムクーポンを付与することで、売れづらい商品の売買促進する「アイテムクーポンPJ」が発足。6ヶ月間という短い期間で、売り手のお客さまの体験を向上させるのみならず、LTVの飛躍的な向上にも寄与しました。

今回のインタビューでは、アイテムクーポンPJのモデル開発を担当した、データサイエンスチームの関根 翔(@sho)・大橋 耕也(@koya)に、プロジェクトの背景と成果、そして今後の課題について教えてもらいました。

プロフィール

関根 翔(@sho)| Applied Scientist
コンサルタント、事業会社でのデータサイエンティストを経て2023年にメルカリへ入社。メルカリではApplied Scientistとして、統計モデリング、システム開発、PJマネジメント、戦略立案などの業務を担当している。

大橋 耕也(@koya)| Applied Scientist
アナリティクスコンサルタントを経て、2022年にメルカリへ入社。メルカリではマーケティングデータサイエンティストとして、機械学習や統計モデルを用いたマーケティング施策分析を実施。現在は顧客満足度向上にまつわる施策に取り組んでおり、プロジェクト設計から実装・評価に至るまで幅広い業務を担当している。

ーーお二人のプロフィールと、現在メルカリで取り組まれていることについて教えてください。

Sho:コンサルタント、事業会社でのデータサイエンティストを経て、2023年の4月に2023年の4月にメルカリのデータサイエンスチーム(以下、DSチーム)に入社し、以降アイテムクーポンプロジェクト(以下、アイテムクーポンPJ)に取り組んでいます。

Koya:大学院で数理統計を専攻していたことから、前職では、様々な業界のデータを見たいと考え、コンサルティング会社でのデータサイエンティスト職を選びました。その後、複数社の分析経験の中で、toCのビジネスのダイレクトに反応が分かる面白みを感じ、メルカリに入社しました。

2022年の5月に入社後、一貫してSeller Engagement(お客さまの売り手としての体験)の改善に取り組んでいます。広告のランキングアルゴリズムの改善などを経て、Shoさんと同じDSチームの、アイテムクーポンPJへ合流しました。

ーーSeller Engagementを向上するプロジェクトが立ち上がった背景を教えてください。

Koya:メルカリのお客さまのエンゲージメント戦略は、出品者となるお客さま(以下、Seller)としてのエンゲージメント向上を狙う「Seller Engagement」と、購入者となるお客さま(以下、Buyer)の「Buyer Engagement」の2つに大別します。Seller Engagementでは、Sell体験を向上すべく、GMVなどの算出可能な利益だけでなく「メルカリに対して、ポジティブなイメージを持っていただけているか?」といった、定性的な要素も含めた改善をスコープとしています。

Sho:というのも、以前他チームが実施したリサーチにて、お客さまからの認知として、メルカリが買う場所・売る場所、どちらが先に連想されるか?という質問に対し、「メルカリは売る場所」と答えられた方が圧倒的に多かったのです。たしかに、私たち一般の生活者は、日常的にモノを買いますが、モノを売るために商品を出品する、というアクションはあまりしない。そんな中、わざわざ商品を出品してくださったお客さまにとって「メルカリで売れた!」という体験は、非常に重要だと捉えています。お客さまに「売れない」経験をさせない、今売れていない在庫はメルカリが適切に販売促進をして「売れる」経験に変換することが、エンゲージメント向上に繋がるという仮説を持っています。

また、「売れる」をきっかけにした売り手のエンゲージメント向上はメルカリでの出品意欲や、出品品質の向上にも繋がり、マーケットプレイス全体のグロースに繋がるのでは?と考えています。


「売れる」体験を通じ、メルカリの利用がさらに後押しできるのでは?という仮説からスタート

ーーSeller Engagementの中でも、アイテムクーポンプロジェクト(以下、アイテムクーポンPJ)が立ち上がった理由について詳しく教えてください。

Koya:先ほど説明した、Seller Engagmentの向上の一環として、アイテムクーポンPJがスタートしました。

Sho:通常クーポンは、Buyerに配布され、ご自身でどの商品を買うか・クーポンを適用するかを選んだ上で使用されるため、売り手としての体験向上には繋がりづらい、という背景があります。その反面、アイテムクーポンは、対象となるお客さま・商品を特定した上で、メルカリがインセンティブとして介入できる、唯一の手段です。

ーーなるほど、「メルカリで商品が売れる」という体験を促進するための唯一の方法として、アイテムクーポンが活用されているのですね。この半年間に行われた施策について教えてください。

Sho:まず、Sell体験のもたらす利益の評価実験を行いました。具体的には、仮説検証のためのA/Bテストの実施から開始しました。売り手のお客さま(以下、Seller)をControlとTreatmentというセグメントにランダムに振り分けて、TreatmentグループのSellerの出品したアイテムに、アイテムクーポンを付与しました。販促の結果、「自分の出品した商品が売れる体験」をするSellerがTreatmentグループに増えた状態になります。そして、体験後の再購入・再出品・再支払い(メルペイ)の継続率を長期間で計測しました。

特に①マーケットプレイスでのBuy / Sellによる売上と、②メルペイのInner pay(メルカリ内での使用) / Outer pay(メルカリ以外での使用)による売上の総和をモニタリングし、販売促進の施策を行ったグループ(Treatment)とそうでないグループ(Control)グループの差分から、「売れる体験」がもたらした売上額を算出しました。

その次に、Seller / Item selectionの投資対効果(以下、ROI)について、Uplift Modeling(アップリフトモデリング)による予測・そして改善に着手しました。


クーポンでの非介入時の売れる確率から、介入時の売れる確率を引き、アップリフト値を算出した上で、アイテムとクーポンの最適な組み合わせを算出

クーポン配布によるインセンティブを設計することは、メルカリにとっては投資となります。アイテムクーポンPJに使える予算は定められており、青天井に投資できる訳ではないため、全てのSellerを長期に渡って販促支援することはできません。

また、そもそもインセンティブによる介入を必要とせず、出品した商品が売れているSellerもいますし、販売促進を通じて支援したとしてもLTVが向上しないSellerも存在します。

そのため、アイテムクーポンの付与にあたっては、限られた予算の中で、どのSellerのどのアイテムにどの程度投資すれば、ROIの効率性を維持しながらも持続的に施策を続けられるか、という数理的な問題を解く必要があります。

この問題を解くために、まずSellerごとに、現時点で出品しているアイテムを並べ、「それらのアイテム1つ1つが非介入で売れる確率(オーガニックなSell確率)」を予測します。その確率からSellerごとに「1つも売れない確率」を確率計算によって算出します。

次にアイテムにクーポンタイプXを付与した際に売れる確率がどれくらいリフトするかを予測し、最終的な売上がどの程度になるか、という点も予測し、決定します。実際には、これらの最適化問題をPythonで解いていきました。


メルカリの画面では、このような形でアイテムクーポンが自動的に適用されています

ーーアイテムクーポンは、どのようにしてBuyerに利用されているのでしょうか?

Sho:具体的なタッチポイントとして、Buyerへの割引提案としてPush通知を実施しています。また他のタッチポイントへの拡張も考えており、例えばホームコンポーネントにおけるレコメンドを現在実験中です。アイテムクーポン自体は、Buyerに依拠せず設定されるものですが、通知に関しては「どのBuyerに提案するか」という点は配慮しており、お客さまがメルカリを閲覧される中で、自然に「欲しかった商品がお得に買える」という体験を作ろうと工夫しています。


Push通知での表示(サンプル画面)


ホームコンポーネントでの表示(サンプル画面)

Koya:通常、メルカリのホームコンポーネントでは、お客さまの興味を惹きそうな商品を表示していますが、「おすすめ」ページをスクロールしていくと「お得に買える商品」として、アイテムクーポンが適用された商品がサジェストされます。

「お得に買える商品」はBuyerだけではなく、Seller観点からも最適化する必要がある、というのはユニークな点です。Seller/Buyerの双方へのレコメンド最適化の際、Buyerの需要に応じたアイテムを提案するだけではなく、常にSellerの利益も最大化できるように工夫しています。極端な例ですが、Seller体験を無視した設計にしてしまうと「認知されておらず、アイテムが売れていないSeller」が常にその状態のままになってしまうことも考えられます。これは、アイテムクーポンPJが「Seller Engagementの向上を目的とした、売れる体験の創出」が起点であり、BuyerとSeller、双方の体験を大事にしているためです。

Sho:アイテムクーポンは手法としては確立されてきましたが、タッチポイントは今後も継続的な課題です。

ーー具体的にはどのようなタイミングでアイテムクーポンが付与されているのでしょうか?

Sho:現在は、自動化を行い、週に2回、対象商品にアイテムクーポンを付与しています。その都度、予測に基づいて支援の必要なSellerを見極め、クーポン配布を実施することで、適切なタイミングでSellerに介入ができると考えています。

また、予測〜最適化〜クーポン配布〜通知だけでなく、A/Bテスト〜効果・コスト・ROIモニタリングなどの分析も含めてE2Eで自動化しています。インセンティブとして投資しているので、費用対効果を見て、スケールさせていく必要があります。

Koya:メルカリはフリマアプリである以上、基本的に1商品に対しては1在庫しかなく、余剰はありません。一度売れるとその商品はなくなって終わり。しかし、一度売れた後、他の出品商品は動きがない…という方はメルカリへのエンゲージメントが低下してしまう恐れがあります。メルカリとしては、継続的にSellerの状況を確認し、適切なタイミングで支援する必要があり、そのための自動化や、見極め予測が必要です。

ーーDSチームについて教えていただけますか?また、現在のメンバーで得られたシナジーなどがあれば教えてください。

Sho:DSチーム内には、エンジニア、データサイエンティスト、マーケティング、PdM…といったさまざまな職種のメンバーがいます。

Koya:特徴的なのは、同じKPIを追うチーム内に、分析メンバーと開発メンバーが所属していることですね。一応の役割分担はあるものの、分析・開発の境界は曖昧で、各メンバーが双方の領域にはみ出しながらタスクを進めています。

Sho:分析と開発が完全に分断されていないことで、チーム全体で、過去の成功事例やうまくいかなかったこと、現状のシステムの性能、必要なデータの所在などを、全員が把握しています。実験や分析の必要有無を判断後、1-2週後には実験が開始される、というスピード感で動けています。各自の優先度を調整しつつ、素早く検証が行えているため、現在のチーム構成には大きなメリットを感じています。また、チーム外のエンジニアも多く関わってくれています。

ーーこの実装から得られた結果に対してどう感じましたか?また、得られたナレッジがあれば教えてください。

Sho:「売れる」という体験がもたらすLTV向上は想定以上の結果をもたらしてくれました。4〜8ヶ月程度かけて、ある期間のSeller Engagementを見ていった結果、売上・GMVいずれもかなり数値が向上しました。

当初チームで立てた仮説は「売れる体験をすることで、その後の出品数が向上する」というものでしたが、Sell数の伸びで、Buy数も増えたお客さまが一定数いました。直接的な要因としては、Sellの成立により売上金が入り、スムーズに次の購買に繋げられた、という点が挙げられますが、間接的な要因として「売れた」というポジティブな体験がお客様のメルカリへのエンゲージメントを高め、結果的にスムーズな次の購買に繋がったという点もあるのでは?と考えています。この点は引き続き深掘りする必要があります。

Koya:「売れる」という経験を起点に、SellとBuy、いずれものエンゲージメントが相互に作用して高まっていったのは、当初は予測しておらず、非常に面白い結果でした。アイテムクーポンで適切なSellを促進すると、Buyも促進される。メルカリはCtoCのフリマアプリであるため、SellとBuyどちらもに効果が染み出し合うという構造となっていることが分かりました。Sellか、Buyどちらか一方のみの促進を行えばいいわけではなく、BuyとSellを行ったりきたりしながら、LTVを伸ばせるのは、メルカリのユニークな点ですね。

ーーその他、当初想定していなかったギャップはありましたか?

Sho:想定よりも、アイテムクーポンPJによる売上額が大きかった点でしょうか。「こんなに大きい?」と何回か検証し直したほどでした。

また、Sell経験を起点に、Sellだけが伸びる人、Buyだけが伸びる人、両方伸びる人、何も変わらない人…と、Sellerの反応は多種多様でした。体験をした時期によっても結果は異なりますし、お客さま理解の解像度はまだまだ低いことを思い知らされました。

Koya:多種多様なお客さまがいる、という点でいえば、売上の金額幅もすごく大きかったですよね。

ーーメルカリでアップリフトモデリングに挑戦する楽しさや、やりがいはありますか?

Sho:アイテムクーポンPJは基本的には暗中模索で、日々仮説を持って手探りで推進してきました。まだまだ不確実性が高い中でも実験と投資を繰り返してこれたのは、メルカリの素晴らしいカルチャーだと感じています。ディレクションをしてれているosariさん(Backendチーム)とshuichiさん(Data Analytics & Science
Director)、思ったような結果が出ない時にも長い目で育てていこうとリードしてくれているmappy(DSチームマネージャー)さんのおかげで何とかやれています。

Koya:メルカリでは、データサイエンティストも、エンジニアも、自由に挑戦することができます。仮説ベースのトライアルもGo Boldに推進し、分析を通じて得たインサイトをさらに次の施策に繋げていく、というカルチャーです。

ーー今後さらにプロジェクトとして推進したいことがあれば教えてください。

Sho:やはり、Sell体験がメルカリの要となっているため、今後も、Sellを起点にしたエンゲージメントの向上に向き合い、包括的に取り組みを広げていきたいです。

短期的にはお客さま理解を深め、インセンティブ配布の精度を高め、さらなる効率化・最適化を図りたいです。長期的には規模を広げ、現在のホームコンポーネントというタッチポイントだけではなく、メルカリの公式LINEを通じたレコメンドなどにも挑戦していきたいと考えています。

Koya:この半年間、アイテムクーポンPJによって、短期的には狙った通りか、それ以上の売却体験を作ることができましたが、長期的に見た時にはまだまだ課題が残っています。

メルカリが全ユーザーに対して永続的に販促をサポートするのは難しいため、中長期的には、値下げのタイミングや金額のレコメンド、商品写真撮影の改善などにも取り組みたいです。

Sho:出品したアイテムの画像や説明文をどう改善・推敲していいか分からない、改善・推敲の時間を確保できないお客さまも多くいますよね。

Koya:例えば、メルカリで売れていない商品の中には、相場より少し高い値付けがされているものや、商品の撮影方法の工夫や、枚数を増やせばすぐにでも売却につながるようなものもあります。このような商品に対しては、アイテムクーポンで売却を促進しても抜本的な解決には繋がりません。もちろん、適切に売却体験を経験していただくことはお客さまにメルカリを使っていただくためのモチベーション観点では重要ですが、長期的にはクーポン無しでも売却に至っていただくのが目指すべきところです。短期と長期の両面から、さらにお客さまにとって良い体験を作っていきたいですね。

ーーお二人から見た、メルカリのSell体験のさらなる課題はありますか?

Sho:そうですね。売れる体験以外にも、お客様が重視しているものがあり、それはインセンティブとしては解決できない課題があることを認識しています。

以前実施したアンケートで、フリマアプリ内で、Buyerとのコミュニケーションや、人との繋がりを重視しているSellerもいることが分かりました。私にも子供がいるのですが、サイズアウトした子供服を「どんな子に着てもらえるだろうか」とあえて低価格な設定で販売することもあります。こうしたコンテキストを踏まえて購入してもらえると嬉しく感じるため、Seller/Buyerのコミュニケーションがあることが、メルカリを使うモチベーションにも繋がると考えています。私個人の思いとしては人と人との良い繋がりをさらに促進できたら嬉しく思っています。

Koya:売る・買うだけではない、メルカリというマーケットプレイスだからこそのバリューもあるはずですよね。

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