Interview
循環型社会に貢献するために。メルカリのAI技術が克服すべき課題 CEO 山田進太郎×Director 木村俊也
「AI出品、パーソナライゼーション… CEO 山田進太郎・Director 木村俊也が振り返る、メルカリのAI活用の歩み」では、メルカリが2017年からリリースした「AI出品」「おすすめタイムライン」「画像検索」など、AI技術を搭載した様々な機能を振り返り、当時メルカリがAI活用を積極的に進めた背景や課題ついて、対話が繰り広げられました。本記事では、メルカリの考える循環型社会を達成するためのAI倫理、そして具体的な道筋について議論しています。
メルカリが「循環型社会」というキーワードにたどり着くまで
木村俊也(以下、木村):メルカリはいつから「循環型社会」をキーワードとして掲げ始めたのでしょうか。
山田進太郎(以下、山田):2019年9月頃からでしょうか。これまでも課題意識は組織としてもっていましたが、2019年の1月頃にESGに関する社内議論を本格的に開始。循環型社会はメルカリがど真ん中で取り組むべき課題であると感じました。まずは、メルカリとしてのマテリアリティの特定と、やるべきことの課題化を行い、第一弾のサステナビリティレポートを出しました。
メルカリの現在のお客さまの数は月間2,000万人以上。今後、3,000万人、4,000万人…と多くの方に使っていただけるサービスになるにあたって「あったら便利」を超えて「社会になくてはならない」存在になるべきだと考えています。そのために昨年以来有識者とのディスカッションを経て、我々のプラットフォームとしての思想や、マーケットプレイスの基本原則を定めました。メルカリが循環型社会への貢献責任を果たすことは、我々のビジネス上の成長にも繋がっていく、という道筋が見えてきました。
この数年で、コロナの影響もあって自然環境への関心は急速に高まっています。温暖化の進行や、大量廃棄も大きな問題になってきてます。資源を無駄に使っている状況は、社会全体で対応すべき問題ですよね。モノ自体が使えるうちは、きちんと循環させて使っていくべき、という世界になるべきだと考えています。そうした循環型社会において、メルカリがどう必要不可欠な存在になれるかを常に考えています。メルカリのサービスのどういう点が、今の社会に対してバリューを出せるのかを考えた時、「循環型社会」に対する貢献は、特に大きなキーワードになると思います。
145兆円分の差を埋めるために、解消すべき摩擦とは
木村:モノのリユースの加速という意味では、メルカリはある程度貢献していると思います。でも、進太郎さんにとっては、まだまだなのでしょうか?
山田:まだまだですね。食品などリユースでないモノも含めて、日本における販売総額は小売だけでも約年間146兆円なんですよね。メルカリの総取引金額は1兆円なので、1%にも届いていません。この差が表す通り、二次流通の市場に乗らず、廃棄されているものや、死蔵しているモノがまだたくさんあると考えています。
例えば、家にあるものがすべてデータ化されており、一瞬で出品が完了できたら、メルカリへの出品はさらに楽になりますよね。今はまだ色々と考えて、手間をかけないと出品できない。発送方法などもまだ複雑な面がありますよね。現状のそうした摩擦を取り除ければ、もっと出品が増える。メルペイがあることでお金のやりとりも、さらにシームレスにできる。「これを買うから、これを出品してみようかな」と、さらにモノが循環するサービスにできるのではと思っています。
今は売り買いを能動的にやらないといけないのですが、ここはAIが威力を発揮するところだと考えています。「これを買うなら、これを売ったら?」といったらサジェスチョンを行うなど。メルカリを通じて、資源の有効活用を進められれば、より循環型社会を加速化できますよね。
二次流通だけでは解決しない。一次流通との連携を進める背景
木村:循環型社会にAIが貢献するというのは非常にしっくりきます。メルカリのお客さまは、自分がほしいものは自ら検索するけど、潜在的に必要なものは能動的に探していなかったりする。そうした、お客さまが潜在的に必要なものをメルカリがAIを活用して示唆する。また、お客さまの手元にあるモノの需要を示唆することで、出品するチャンスも作れますよね。メルカリはCtoC、さらにはネットショップサービス「メルカリShops」の登場によってBtoCまでも領域を拡充しています。いまは個人間のフリマアプリを超え、巨大なマーケットプレイスになりつつある。より一層、売る側も買う側のどちらも加速しないと循環していきません。マッチングの数値はビジネス戦略上でも重要視しています。そして循環型社会に貢献していくためには、一次流通の方々のご協力も必須となります。
山田:そうですね。今後この課題に対応していくためには、二次流通のマーケットが発展するだけでは難しいと考えています。二次流通市場では、何が支持されているかといったデータを、一次流通に伝えていくアプローチも進めています。モノだけではなく、データも循環させた結果、メーカーの方々は必要なプロダクトを必要な量だけ生産し、お客さまはそれを使えるだけ使う世界に少しずつ近づけられるのではと考えています。
現在、メーカーの方々とのデータ連携も徐々に開始しています。まだまだですが、ある程度バリューを出せる部分が見えてきました。身の回りのモノのデータ化は二次流通だけでは難しいところがどうしてもありますよね。我々メルカリが、自分たちのフィールドで全部やるのではなく、カタログ(SKU)連携を含め、データプライバシーに配慮しながら、一次流通のマーケットとさらに繋がっていくことは必要不可欠です。
「AI倫理」をどう捉えるか。メルカリにおける倫理的課題
木村:AIの活用は今後もメルカリを発展していく上でとても重要なテクノロジーであることは議論できましたが、AI活用の検討と同じくらい「AIをどのように倫理観を守って扱っていくか」の議論も重要だと考えています。例えば、おすすめ機能についても、お客さまのプライバシーを侵害してしまうようなデータの扱い方や、不快に思われるようなことは推薦を行ってはいけないですよね。必要なことは推薦するけれど、不必要な情報は押し付けないなどです。
山田:不必要な情報を押し付けないのは大事ですよね。そして、今後さらに意識していきたいのは「人類のためになるかどうか」という点です。たとえそのお客さまにとって必要なモノであっても、メルカリはメルペイでお金の部分も扱っているからこそ、より高い倫理観を持つべきです。だからこそ、例えば、返済能力を超えて、借金までしてご購入していただく状態になってはならない。メルカリは売り買いのプラットフォームで、一見すると広告分野やSNSに比べて、倫理的な問題は発生しづらいですが、ビジネス上の成長のために、どんどん買わせる、という仕組み作りは憚(はばか)られるべき。そういう意味でも、メルカリにおけるAI開発は面白い経験ができる場所ですね。過去に、誰も考えたことがないような倫理的な課題にぶつかる可能性も高いと思います。
木村:最近でもAIの倫理観について社内で議論をしている時に、おすすめ機能というものは、お客さまが次に購入していただけるであろう商品を予測できますが、それがお客様にとって知られたくない趣味であったり、プライバシーを阻害してしまうような推薦をしてしまうと、お客さまにとって不快感や不信感を抱かせてしまうというセンシティブな問題も起こり得るという話をしていました。
山田:確かに、セレンディピティとレコメンデーションのバランスが極端に偏ると気持ち悪いですよね。メルカリのアクティビティだけが全てではないので。日常的にキャンプに行っているけれど、メルカリ上ではキャンプグッズを売買していないとかはあり得ます。どのお客さまにどういった商品をおすすめするのか、倫理観を要求される。これからの課題ですね。
データで本質的な価値に迫ることができる。メルカリでAIをやる面白さと道筋
木村:僕らは循環型社会を実現するために、AIで需要と供給を推定し、必要なものを必要なだけ届けることを目標に掲げて取り組んでいます。しかし、正直まだ道半ばです。AIのモデル作り、そしてパーソナライズの実験を高速に進める必要があり、今後も引き続き取り組んでいきます。
山田:やれることも、試したいこともいっぱいありますよね。ビッグ・テックのように大勢のAI/MLエンジニアがいるわけでもありません。一方、メルカリが扱っているデータには、お客さまが撮影した商品画像やキャプション、そして値段といった、お客さまとの距離が近い情報を多く持っています。こうしたデータを持っている会社やサービスは少ないので、イノベーションを起こせる可能性はあると考えています。
木村:普通のECとはデータの種類も性質も違いますよね。本質的なモノの価値が分かる、というのはメルカリでAIをやる上で非常に面白いポイントです。
山田:メルペイやメルカリShopsのデータも対象ですしね。今はデータ基盤も確立され、色々と面白い挑戦ができるタイミングだと言えます。メルカリのデータ・メルカリのサービスによって何ができるか、クリエイティブに考えなければならない。
同時に中長期で物事を捉え、そして失敗も許容できる組織です。ロングスパンでデータをつくり変えてたり、データ基盤づくりを進めたり、人材の意味では、インド工科大学(IITs) をはじめとした各国の新卒メンバーも多い。そういう環境では、MLエンジニアを育てる風土もあると思います。共通して言えることとしては、今すぐの効果ではなく。中長期で考えているということ。そのためにAI倫理など含めて腰を据えて取り組んでいきたいですね。
2017年から始まったメルカリのAI活用。UI/UX改善だけでなく、メルカリをより安心・安全に使える機能を開発・提供してきました。
関連記事:AI出品、パーソナライゼーション… CEO 山田進太郎・Director 木村俊也が振り返る、メルカリのAI活用の歩み
そして今後はさらに「AIで循環型社会に貢献する」ことを目指し、新たなイノベーションを模索していきます。メルカリのAIチームは、さらなる挑戦を続けていきます。
Photo : Shun Nakayama (Web/Twitter)
Text : Ayumi Iga (Twitter)